リードボーカルのミキシング 12のステップ 後編
前回に引き続き、リードボーカルに対するアプローチをご紹介します。前回の記事では、コンピングや編集で、ボーカルのベースを作っていく作業を中心にご紹介しましたね。今回の記事では、ミックスの中で他の楽器隊などに負けないように、よりボーカルをブラッシュアップする方法を紹介していきます。
2021.03.29
こちらのリードボーカルのミキシング 12のステップ 前編(ステップ1~6)をご一読いただくと、今回の記事がよりわかりやすくなります。
ステップ7. コンプレッション
ボーカルの音色が決まったら、次はパフォーマンスがミックスの前面にしっかりと立つように、ダイナミクスを引き締めましょう。ボーカルによく使われるコンプレッサは数多くあり、音色やダイナミクスの処理方法が少しずつ異なります。
CLA-76のようなピークリミッタースタイルのコンプレッサーや、SSL E-ChannelまたはSSL G-Channelのコンプレッサーを使って、3~6dBのコンプレッションをかけるのが一般的です。コンプレッサーは最も大きなピークを抑えるためだけに作動させるべきで、ボーカルパフォーマンス全体で作動させるべきではありません。
次に、コンプレッサーのアタックタイムとリリースタイムを設定します。最適な設定を見つけるための簡単な方法をご紹介します。
- アタックが最も遅く、リリースが最も速い設定から始めます。
- アタックタイムを少しずつ早くしていき、ボーカルの最初のトランジェントを削るようにします。
- 次に、曲に合わせてコンプレッサーが気持ちよく効きはじめるまで、リリースタイムをゆっくりと伸ばしていきます。
一般的には、最も大きなピーク時に針が3~6dBのゲインダウンを示し、0に戻る直前に次のピークが再び圧縮されるように圧縮します。このように、バランスを保ちつつ、エネルギーや力強さを加えることが大切です。このバランスを見つけるには、音の変化を正確に感知する練習が必要です。
ステップ8. さらにコンプレッションをかける
多くのエンジニアは、コンプレッションを直列に適用することを好みます。つまり、複数のコンプレッサーを少量ずつ使用するのです。多くの場合、最初に高速のピークリミッタースタイルのコンプレッサーを使用し、次に低速のコンプレッサーを使用してボーカルを「絞り」、ダイナミクスを平準化していきます。
この場合、最も定番とされるコンプレッサーはCLA-2Aオプティカル・コンプレッサーですが、PuigChild CompressorやKramer PIE Compressorのような比較的反応の遅いコンプレッサーでも良いでしょう。1台目のコンプレッサーでピークを素早く抑え、2台目のゆっくりしたコンプレッサーでボーカルを絞り、より安定したダイナミクスを作るという考え方です。
ステップ9. パラレルコンプレッションをかける
モダンで整ったボーカルにする場合は、パラレル・コンプレッションを使うのが一般的です。ボーカルをアグレッシブなコンプレッサー(CLA-76やdbx 160 compressor / limiterなど)のAUXチャンネルに送ります。
高いレシオ、速いアタックとリリースタイム、そして低いスレッショルドで、思いっきり圧縮してみる。そして、ハイパーコンプレッションされた信号を好みに応じて少しずつブレンドしていきます。こうすることで、ボーカルを前に出しつつ、オリジナルテイクの自然なダイナミクスを保つことができます。
ステップ10. サチュレーションとディストーション
ごく少量のサチュレーションとディストーションは、ボーカルを太くし、ハーモニクスを加えてミックスのなかで、際立たせることができます。アナログ録音では、プリアンプのゲイン、コンソールのチャンネルの回路、使用するテープマシンによってサチュレーションを加えていました。最近のプラグインでは、こうした独特のサチュレーションをDAW上で簡単にエミュレートすることができます。
Scheps 73のプリアンプ・セクションは、NLSチャンネルコンソール・エミュレーションの「ドライブ」セクションと同様に、サチュレーション効果を得るのに最適なプラグインです。
よりアグレッシブなサウンドを求めるのであれば、ボーカルをAUXチャンネルに送り、サチュレーションやディストーションを自由にかけてみましょう。その後、エフェクトをかけたチャンネルをお好みでブレンドしてください。少しの量でも効果は絶大です。
この作業に最適なプラグインは、なんと言ってもAbbey Road Saturatorです。このプラグインには、あの有名なスタジオで使われていた2つのクラシックなコンソールプリアンプのエミュレーションが含まれています。これらのエミュレーションに加えて、信号にエキサイターのような働きをし、独特の高域の揺らぎを生み出すことができるコンパンダーモジュールが搭載されています。
Abbey Road Saturatorのハーモニック・サチュレーションをAUXセンドやインサートを介してボーカル信号にブレンドすることで、このポイントでボーカル信号に加えることのできる「色」の選択肢が広がります。このプラグインがボーカルのキャラクターにどれほどの効果をもたらすか、色々な設定を試してみましょう。
ステップ11. リバーブとディレイ
ヴォーカルのダイナミクスとトーンが整ったところで、今度は空間を加えてみましょう。ステレオのリバーブとディレイは幅を出すのに適しており、モノラルのリバーブとディレイは深みを出すのに適しています。一般的にリバーブやディレイは、トラックのテンポに合わせて時間を設定します。短い時間であれば小さな空間を、長い時間であれば大きな空間を作ることができます。
ミックスが混ざらないように、エフェクトのディケイが次のフレーズの直前にフェードアウトするようにします。ボーカルの拍子に応じて、1/8音、1/4音、1/2音などとします。
H-Delay Hybrid Delayは、特定の単語やフレーズを強調するためにディレイやエコーを加えるのに最適です。この設定では、AUXチャンネルにプラグインを挿入し、ボーカルのセンドをそのAUXにオートメーションで送るのが一般的です。 そして、繰り返してほしい言葉やフレーズを選択して送り、ディレイのタイム、フィードバック、EQフィルターを好みで設定します。
MIX HACK : ワークフローをそのままプラグイン化した Signature Series
ボーカルにEQ、コンプレッション、ダイナミクス処理など。エフェクトをかけることは科学的であると同時に芸術的でもあります。ありがたいことに、熟練したミックス・エンジニアである下記の面々がよく使うプロセッシング・チェーンが、それぞれオールインワンのシグネチャー・シリーズ・プラグインとして製品化されています。各エンジニア名のリンク先より、対応するシグネチャー・シリーズ・プラグインの内容をご確認いただけます。
- Chris Lord-Alge(Green Day、Museなど)
- Greg Wells(Adele、Katy Perryなど)
- Butch Vig(Nirvana、Garbageなど)
- Jack Joseph Puig(U2、Lady Gagaなど)
- Tony Maserati(Beyoncé、Jay Zなど)
シグネチャーシリーズのプラグインは、EQ、コンプレッション、リバーブ、ダイナミクスの各処理をユニークに組み合わせ、さまざまなボーカルアプリケーションに対応するように設計されています。各プラグインには様々なプリセットが用意されており、目的のサウンドを素早く実現することができます。
ステップ12. オートメーション
オートメーションは、ボーカル処理の最後の仕上げです。曲の中でボーカルのボリュームを変化させるだけで、曲の展開に合わせてボーカルに命を吹き込むことができる非常に効果的な方法です。
同様に、曲の展開に合わせてリバーブやディレイ、サチュレーションをごくわずかにオートメーションさせることで、音楽や歌詞の内容をリスナーによりインパクトのあるものにするための効果を加えることができます。このテクニックで耳で聞くよりも感情的に「感じられる」ように仕上げるイメージを持つと良いでしょう。
実際ミキシングをするプロセスでは、セッションを開いてトラックを聴き、EQやコンプレッションのサウンドが明確にイメージできたら、それを実行してください。同様に、一つの細かい作業に没頭して、視野が狭くなった状態で繊細な調整を行っている場合は、より「機械的」な編集作業に移りましょう。作業を切り替えることは、ミキシングマインドにとって非常に有益であり、最高の仕事をするための大きな助けになるでしょう。
いかがだったでしょうか。前編・後編と長くなりましたが、一連の作業を取り入れることで、リードボーカルをかなりブラッシュアップできると思います。
今一度、読み返してみて、どんな作業がどんな目的で行われるのかを意識することで、編集のスピードやコツがつかめるのではないでしょうか。さあ、早速デスクに向かって制作しましょう。
人気記事
リズム隊のミックスTips! – Vol.7 ギター前編
「リズム隊のミックスTips」。今回はギター前編です。
リズム隊のミックスTips! – Vol 3.1 番外ハイハット編
おかげさまで好評を頂いている「リズム隊のミックスTips」。イントロダクション、キック、スネアとここまで来ましたので、本日はハイハット編。番外編なので、Vol.4ではなく「Vol-3.1」としています。
もう部屋鳴りに悩まない。AIが不要な反響音を除去〜Clarity Vx DeReverb〜
ナレーションやボーカルを録音した際に、部屋の響きで言葉が聞き取りにくかったり、「部屋鳴り感」が強く出て映像や楽曲となじまなかった…そんな経験はありませんか?レコーディングスタジオのように本格的な吸音処
DiGiGrid DLS導入レポート – 鈴木Daichi秀行
2013年のNAMMショーで発表され、ネットワークで自由にI/Oを拡張でき、Wavesプラグインが超低レイテンシーで使えるソリューションとして注目を集めてきたDiGiGrid製品ですが、2014年10月、ここ日本でもPro Tools向け
Waves Curves AQ vs Curves Equator: 2つの製品を正しく使い分けるためのTips
Waves Curves AQとCurves Equatorが、あなたのミックスのアプローチをどう変えるかをご紹介します。トーンの問題を解決し、音色や存在感を引き出し、これまで以上にスマートかつスピーディにプロフェッショナルな仕
リズム隊のミックスTips! – Vol 3 スネア処理編
好評連載中、オフィスオーガスタの佐藤洋介さんによる「リズム隊のミックスTips」。今回は3本目となるスネア処理編です。BFD3を使用したTips記事ですが、他社のドラム音源でも、実際のドラムレコーディングでも有効
人気製品
Abbey Road Reverb Plates
1950年代に生まれたプレートリバーブは、現在まであらゆる音楽レコーディングに欠かせない要素であり続けています。60〜70年代、ビートルズやピンク・フロイドを始めとする先駆的バンドに頻繁に使用されたのがアビー
API 550
60年代後半に誕生し、API独特のパワフルかつ滑らかなキャクターを決定づけた伝説的レシプロ・イコライザーを、プラグインで再現
C4 Multiband Compressor
C4は、マルチバンド・ダイナミクス・プロセッシングのパワーハウス。あらゆるダイナミクス処理をマルチバンドで解決します。4バンドのエクスパンダー、リミッター、コンプに加え、ダイナミックEQとスタンダードなEQ
Clarity Vx DeReverb Pro
より高速なダイアログ編集ワークフローへようこそ - これまで以上に強力に、正確に、コントロールしながら、音声からリバーブを除去します。Clarityの先駆的なAIテクノロジーは、録音を瞬時に、そしてリアルタイムで
Codex Wavetable Synth
Waves Codexは、グラニュラー・ウェーブテーブル・シンセシス・エンジンを基本とする最先端のポリフォニック・シンセサイザーで、Wavesのバーチャル・ボルテージ・テクノロジーを採用、VCF、VCA などを搭載する実際
Clavinet
スティービー・ワンダーの「Higher Ground」や「Superstition」、ビリー・ブレストンの「Outta Space」など、ファンキーな音楽にクラビネットの音を取り込んだヒット曲は数多くあります。1970年代、ファンキーなディ
dbx 160 compressor / limiter
オリジナルのdbx® 160は、1970年代の他のコンプレッサーと比べ、非常に歪みが少なくクリーンなサウンドで、特にドラムのコンプレッサーとして評価されてきました。入力信号に素早く反応するdbx 160コンプレッサーは
Eddie Kramer Bass Channel
Eddie Kramer、ベースチャンネルを語る: 「Eddie Kramer Bass Channelの背後にあるアイデアは、威圧的にならず切り裂くような、プレゼンスたっぷりのファットベースを作り上げるということ。一般的に中低域に特徴を