Waves Signature Series Vocal向けプラグイン比較
Waves Signature Seriesは、名エンジニアたちがミックスで使う手法を、簡単操作のプラグインに落とし込んだものです。
2022.04.25
今回はその中でも、ボーカル処理に特化した6種のプラグインのご紹介です。
- Maserati VX1
- CLA Vocals
- Butch Vig Vocals
- Eddie Kramer Vocal Channel
- Greg Wells VoiceCentric
- JJP Vocals
シンプルなボタン&フェーダーを操作するだけで、各エンジニアたちの理想のボーカルを作ることができます。
●比較方法について
今回は、私が歌ったジャンル違いの「アコースティック・EDM・ロック」3曲で比較・検証します。
- アコースティック:Good Night *今回用に制作
- EDM:Exist
- ロック:シャッ・シャッ・シャーク~サメのうた~
LetiMix / Gain Matchというプラグインで、原音と出力ゲインがほぼ変わらないように設定しています。
Signature Series Vocalsの基本操作
どのプラグインでも、立ち上げた後に行う、共通の操作があります。
それは感度の設定。
信号の色は、灰色→緑→黄色→赤と変化し、声を張った部分で黄色になるように設定します。
入力信号の大きさを適切にすることで、各プラグインが想定している動作となります。プリセット変更後に必ず行うようにしましょう。
Maserati VX1
最初に紹介するのは、Tony Maserati監修のMaserati VX1。
私自身が普段から愛用しているプラグインです。
Maserati VX1の魅力は、ローエンドがすっきりとして、色気のある声質に変わる所です。
●アコースティック楽曲比較
かなりスッキリとして聞こえませんか? コンプの感じも自然です。
また、Maserati VX1のリバーブ・ディレイが、この曲調にはかなりマッチしているように思います。
●EDM楽曲比較
この楽曲は、「L:地声・R:裏声」と声を2つ重ねています。
2つのトラックをバスでまとめて、バスに対してプラグインを使用して比較します。また、リバーブに関しては、もともと使っていたプラグインを使用します。
こちらもスッキリ&コンプ感が良いですね。抜ける音質になりました。
●ロック楽曲比較
ロックの楽曲では、少し線が細く感じるようにも思います。
とはいえ、BASSを上げると、今度は低音がもったりと抜けづらくなるように感じ、上記の調整となりました。
この楽曲のYoutubeにアップしているバージョンについては、Maserati VX1を使用していますが、前後に別のプラグインも挿して整形しています。
Vocal Rider→EQ(低域補正)→コンプ→サチュレーター(歪み付与)→Maserati VX1→サチュレーター(EQ的補正)→EQ(仕上げ)
と、かなり多段でチェーンを組んでいますね。
Maserati VX1はこのチェーンの中で中核を担う存在で、抜ける音質になっているのは、このプラグインのおかげです。 その分中低域の量感が少なくなるのを、サチュレーター・EQで補完するという使い方です。
Vocal Signature Series一つで完結させるのも一つの使い方です。しかし、音質変化を利用し、前後で別のプラグインを使うのも、かなり有効だと思います。
CLA Vocals
CLA Vocalsは、「バラード・ロック、なんでもござれ!」な懐の広いサウンドメイクができる所が特徴です。
●アコースティック楽曲比較
前述のMaserati VXに比べると、低域の温かい部分も出ているように感じます。
CLA Vocalsは、各フェーダーそれぞれ3種類の切り替えが可能です。
今回はBASS(SUB・LOWER・UPPER)の中から、LOWERを選択して、温かな音を足しています。
また、リバーブ・ディレイの空間系も良い働きをしていますね。
●EDM楽曲比較
BASSを切ったため、スッキリとした低音になっています。
TREBLEで高音域の質感を調整しました。 ROOFだと私の声にはギラギラしすぎる感じがしたため、TOPを選択しフェーダーを上げました。
ディエッサーは含まれていないので、他にディエッサーは使いたい所ですね。
●ロック楽曲比較
ロック向きの地に足の付いたサウンドになっていますね。好感触です!
こちらは、ベースをSUBにして、支えるような音作りにしています。
DelayはSLAPで少し厚みを持たせました。
CLA Vocals総括
CLA Vocalsは、音作りの幅がかなり広く、そして細かく追い込めます。
今回は触れませんでしたが、PITCHもダブリングの効果があり、非常に面白いフェーダーです。
また、歪ませるエフェクトは入っていないのですが、それは次にご紹介するButch Vig Vocalsが得意です。
Butch Vig Vocals
いかつい見た目ですね!!
今回紹介する6つのプラグインの中では、唯一空間系のエフェクト(リバーブ・ディレイ)が入っていません。
その代わりに強烈なサチュレーションが完備されています。またプリセットの数も充実していますね。
●アコースティック楽曲比較
見た目に反して、アコースティック的な楽曲でもいけますね。
●EDM楽曲比較
こちらもスッキリとモダンなサウンドに仕上がりました。
好感触で、使える音になっていると思います。
●ロック楽曲比較
SATURATIONを使って、若干歪ませています。
SATURATIONは、効きがエグいくらい強いのですが、脇にあるLoCUT・HiCUTで歪みに対してフィルターをかけることが出来ます。
マニュアルに記載されているルーティングは、下記の通り。
こういう並び方も参考になりますよね。
AIR・PRESENCEはMAXに近い値にしましたが、破綻しているようには聞こえませんね。
Butch Vig Vocals総括
身がギュッと詰まった密度の高いサウンドになる印象です。
使い勝手は、ボーカル向けのチャンネルストリップをいじっているような感覚。
本来自ら立ち上げるであろう幾つものプラグインが、最初から全て立ち上がっていて、お膳立てしてくれるようなイメージです。
幅広い音作りのポテンシャルを感じました。
Eddie Kramer Vocal Channel
プリセットはなく、Vocal1・2のボタンを起点にして調整します。
- Vocals1:ダイナミックレンジが広く、迫力のあるクラシックなロックボーカル向け。
- Vocals2:より滑らかで安定したレベルを保つ、穏やかなボーカルパフォーマンス用。
このボタンを押すと設定が初期化されるので、SENSITIVITYを調整するより先に、まずどちらかのボタンを選択するところから始めます。
●アコースティック楽曲比較
Vocal2のボタンを起点に始めました。
音の重心が下がるような変化がありますね。太く、温かくなります。
ただし、ちょっと繊細さには欠ける印象を受けました。
●EDM楽曲比較
こちらもVocal2を起点にしました。BASSを下げてスッキリとさせています。
アナログ感を感じるサウンドですね。
●ロック楽曲比較
こちらはVocal1を使用。
こういった温かいサウンドが好きな方もいると思います。
Eddie Kramer Vocal Channel総括
Eddie Kramer Vocal Channelは、重心が下がりアナログ感のあるサウンドになるのが特徴です。
ただ、私の声には合わないかなぁ、というのが率直な感想です。
シティポップ的なレトロさを感じるジャンルや、クラシックロックで重宝される方はいるかと思います。
Eddie Kramer Vocal Channelを使う上でのTipsを一つ。
立ち上げると、「サーーーー」とアナログ的なノイズが聞こえるようになります。ボーカルがない部分については、ボリュームオートメーションを書くと、曲の前後でノイズなく聞こえますね。
Greg Wells VoiceCentric
今回紹介するプラグインの中では、一番簡単操作のプラグインです。
真ん中の大きなINTENSITYというノブで操作します。
このノブの作用は、マニュアルのルーティングで確認できます。
複数のエフェクトを一つのノブで調整する、というわけですね。
●アコースティック楽曲比較
Greg Wells VoiceCentricを挿して、INTENSITYを調整してもなお、私は低音域がもこもこしているように感じました。
INTENSITYで作用するEQは、高音域10,000Hzを起点に広いQで徐々に上がっていくようです。低域をスッキリさせるには、外部EQが必要です。
というわけで、下記のような設定でEQをかけてみました。
だいぶ馴染みよくなったように思います。
●EDM楽曲比較
ルーティングの中のディエッサーの効果が見えるように思います。
「あまつぶのいってき すなはまのひとつぶ」サ行タ行が自然になっていますね。
●ロック楽曲比較
ロックっぽい質感かというとちょっと疑問でしょうか。
音の均一化は図られ、聞きやすくなっているとは思います。
Greg Wells VoiceCentric
ワンノブでダイナミクスを整えられるプラグインですね。
前述の通り、声質調整はできないため、外部EQの補助は必須のように思います。
空間系(ディレイ・ダブラー・リバーブ)も独特の響きです。ディレイはピンポンなのですが、ステレオ感が非常に強く感じました。ダブラーは、自然に厚みが出る、使いやすい音色です。
洋楽によくあるような音数の少ないトラックで、ボーカルを活かす際に特に有効なプラグインではないでしょうか。
JJP Vocals
最後に紹介するのは、JJP Vocalsです。
このプラグインのルーティングは、非常に面白いですね。
まず、画面左下にあるメインセクションで、EQ・ディエッサー・コンプをかけます。
その後、メインフェーダー以外のフェーダーは、パラレル(並列)でエフェクト処理された音を調整をするという仕組みになっています。
各フェーダーのエフェクト処理自体がどうなっているのかは、プラグインやマニュアル上からはよく分かりません。
●アコースティック楽曲比較
初期状態だと、かなりコンプが強くかかり、エッジの効いた音になります。
そこで今回は、全てのパラメーターを0にした状態を起点にしました。
その後、メインセクション(EQ→ディエッサー→コンプ)で大体の音作りをし、その後各フェーダーを徐々に足していく流れです。
最終的に次のような設定になりました。
と言っても、フェーダーの意味が分かりませんよね。マニュアルにも記載がないため、解析ソフトなども使いながら、何となく汲み取ったのが、下記となります。
- MAIN:元の信号に、左下のEQ・ディエッサー・コンプがかかったもの。
- MAGIC:超高音域。抜ける音になる。
- SPACE:空間系。
- ATTACK:出だしが強調されたコンプ感を感じるサウンド。
- ATTITUDE:低域。サウンドを支える度合い。
- PRSNCE:4,000Hz辺りが強調されたサウンド。
各フェーダーは、EQやコンプ、サチュレーターなどを組み合わせた、複雑な処理がなされているようです。
特に超高音域が強調されるMAGICは、音がすぐに抜けてくれ、大変便利です。
空間系のSPACEは切って、他のリバーブ・ディレイを使う方が、私は好みでした。
●EDM楽曲比較
次のような設定になりました。
ディエッサーを強めにかけていますが、高域を強調するMAGICなどのフェーダーを上げている影響か、歯擦音が強く出ているのが気になる所です。
高域の抜ける質感は良いので、本プラグイン後に、ディエッサーをかけるのも一つの手かと思います。
●ロック楽曲比較
上記2つの音源に比べると、ATTITUDE(低域の支え)のフェーダーを上げたことで、どっしりとしたサウンドになっています。
JJP Vocals総括
JJP Vocalsを使う場合は、メインのフェーダー以外を0状態にするところから始めるのをおすすめします。
メインセクションである程度の音を作ったら、他のフェーダーはお好みのフレーバーをサラサラと追加していくイメージです。
プリセットやデフォルト状態ですと、コンプ感が強く、かなりエッジが立ったサウンドになります。(プリセットからの調整も挑戦したのですが、0からやった方が数段早く、良い結果になりました。)
癖が強いサウンドでもあるため、各フェーダーの上げ過ぎは注意です。
結局どれがいいの?
6種類もあると、「結局どれが良いの?」と、疑問に思われると思います。
私の声には、以前から愛用しているMaserati VX1が一番合っているように思います。一番使い込んでいるというのもありますが。
しかし、歌声や楽曲のジャンルが違えば、合うプラグインは変わってくると思うのです。
- Maserati VX1:スッキリモダンなサウンドに。
- CLA Vocals:汎用性が高く、どの楽曲にも使える。
- Butch Vig Vocals:ギュッと密度の詰まったサウンドに。汎用性高い。
- Eddie Kramer Vocal Channel:重心が下がり、温かみが出る。
- Greg Wells VoiceCentric:ワンノブでダイナミクスを調整。空間系が特徴的。
- JJP Vocals:エッジが立った音。音数の多いアレンジなどで、際立たせる時に。
例えば、複数の歌い手のミックスを今後していく方であれば、これらのプラグインを並べたFXチェーンを作っておいて、順に試して行くのも一つの手だと思います。
今回比較のために作ったFXチェーンはこんな感じ。
Signature Series Vocalsの有効活用Tips
マニュアルPDFを読もう。
各プラグインの右上にある「三メニュー」から、すぐにマニュアルにアクセスできます。
また、メディア・インテグレーションで購入の方には、日本語マニュアルが用意されているので、日本語で読みたい方でも安心ですね。
各プラグインでルーティングが違いますし、おすすめの操作の順番などが書かれているものもあります。
名エンジニアの手法を学び取る。
プラグイン自体からもそうですが、各プラグインのPDFマニュアルからも、各エンジニアのテクニックを学ぶことが出来ます。
例えば、Butch Vig Vocalsのマニュアルによると、MidDIPは-6.5dbの固定という記載があります。(MidDIPは、中低音のダブつきを押さえるEQです。)
実際の挙動を確かめるには、BERTOM EQ Curve Analyzer(無料)などの解析ソフトを使うのも有効です。
実際に画像を見ると、Qの細さなども再現できそうですね。
これらの手法を肌で感じながら、Tipsを溜めていくのは、大変勉強になります。
音質変化の利用
Maserati VX1の項目でも説明しましたが、前後にプラグインを追加して、多段で使ってもOKです。
というか、その方がより細かく思い通りの音を作れるように感じます。
Signature Series Vocalsプラグインで、ある程度の所まで好みの音質を作ったら、ツメの作業はいつも使っているEQやディエッサー、コンプ、サチューレーターでブラッシュアップ!
馴染みよく、抜けるボーカルを作る助けになるはずです。
まとめ
以上、Waves Signature Series Vocal向けプラグイン比較でした。
いかがでしたでしょうか?
名エンジニアのこだわりがプラグインに現れており、私自身比較をして大変刺激を受けました。
複数の歌い手のミックスをされる方にはもちろん、ご自身の歌をミックスする歌手・シンガーソングライターにも効果が高いプラグインだと思いますよ。
渡部絢也
作編曲家・シンガーソングライター
「地方にいながら、音楽でご飯を食べる」で早11年。
東北秋田県で田舎生活をしながら、音楽にいそしむ。
メイン楽器はアコギ。歌も歌うDTMer。
・音楽制作依頼(舞台ミュージカル音楽・CMソング&BGM等)
・ブログ運営(音楽理論解説&VSTプラグイン解説)
・教材販売(使えるギターコード進行集など)
・ユニット「ウタトエスタジオ」では、ファミリー向けの作品作りも。
丁寧解説がモットー。ぜひHPにも遊びにいらして下さい。
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